今年から、今日は「昭和の日」に。
昭和というと真っ先に思い出すのは 「昭和大学」(笑) 旗の台の大学病院はよく行きました。
で、「昭和」。
真希枝が小3の頃 昭和天皇が病に臥されました。
運動会で毎年行われていた 「全校児童による風船飛ばし」 (手のひらを太陽にの歌の最後に風船を飛ばす) も、学校が皇居のすぐ傍だったので 取りやめに。 小3を最後に転校が決まっていたので 大好きだった風船飛ばしを最後に出来なくて残念、とか ドラえもんの映画をテレビでやっていて せっかくビデオ録っているのに ニュース速報で天皇陛下の容態が逐一流れるのが嫌、とか
そんな程度にしか9歳の感覚にはなかったけれど 崩御されるとテレビは一斉にどこも同じ映像を流し始め なんだか大変なことが起きたんだって思って。
崩御されると元号が変わるということも初めて知り 1週間で終わりを告げた昭和64年を背に 新学期登校すると すぐさま作文を書かされて それから この冬休み中に起こった大きな出来事は いったいどういうことで どういう意味を持つのかということを 先生から丁寧に説明されて
そして みんなでお祈りをしました。
昭和という時代は 長いその間に 史上最大の涙と 史上最高の成長とがあったと今は理解しています。
けれど昨今 大きな痛みと反省と成長があったはずの昭和を また繰り返すんじゃないかと 思わんばかりのニュースが目立ちます。
良くも悪くも 昭和は大きな時代だったと
昭和最後の10年に生まれた世代である 真希枝は思うのです。
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