最近この日記(というかほとんど雑記)に 弟がよく出てきたので、今日は弟・ひろあきとの話。 弟は二つ違いです。 弟が産まれたとき、真希枝は父の実家に預けられていました。 両親と離れる時わんわん泣いたくせに 祖父母宅(今は真希枝の実家)で過ごしている間 普段は買ってもらえないフリフリの靴下を買ってもらったり (両親は、フリフリが嫌いで、いつも清楚なものしか着てなかった) しているうちに寂しさを忘れ、 弟が産まれて、父が迎えに来たとき 今は亡き祖父にしがみついて、嫌だ嫌だ!と泣きわめきました。 父が困った顔をして、「弟が産まれたんだよ。お姉さんになったんだよ 早く会いに行こう?」って。 ナゼか今でもすごくハッキリ覚えている光景。 病院に行った時、真希枝はおもちゃのアラレちゃんメガネを かけていました。キーンって走りながら。 これもすごく覚えている光景。 去年の女番長でも、そういえば真希枝はキーンって 走ってましたけど(笑) 1981年のことでした。 真希枝は小さい頃から弟が大好きで とっても可愛がっていました。 弟が3歳くらいになって、ケンカした時に物を投げられたり ぶたれたりした時も、絶対に真希枝は手を出しませんでした。 耐えられなくなると母の影に隠れて、母が 「おねえちゃまはヒロくんをぶったりしないでしょう? ヒロくんにぶたれて痛いのに何もしないでしょう? だからやめなさい」って弟に言っているのを、静かに泣きながら 聞いている子でした。 「真希枝がヒロくんをぶったら、ヒロくんが可哀相だよ」 って。大きくなってからも、それは変わりませんでした。 だんだん弟の力が強くなって、真希枝は自分の部屋に逃げ込んで 扉を破壊されました(笑) 今でも実家の真希枝の部屋のドアには穴があいてるのは 単に姉弟喧嘩のせいです(笑) そんな弟は、ケンカは容赦ないのに ナゼだかしらないけれど真希枝のことを尊敬してました。 真希枝は頭がいいとか思っていたらしく 本当は弟のほうが頭よかったんだけど(笑) でも、それ以外に、色々なことを真希枝が切り開いていった ということもあるみたいです。 例えば、茶髪にするとか、高校を転校するとか、一人暮らし をするとか、ピアスをあけるとか、バイトをするとか そういうことは全部、真希枝が親と闘って(?)道を作り、 その後弟が同じようにやって。 真希枝の時は親とバトルになるけど、2度目ともなると 親もすんなり許したり。 それは、長子の定めでもあると思うけれど 「姉貴さんがやってくれたから、やれれるようになるまでの道のりを 考えると、姉貴さんってすげーなー」 と、違うところで尊敬している様子です。 そこは尊敬すべきところではない気がするけれど 尊敬されるのは内心嬉しかったりもするので 黙っています。 小さい頃、父の妹(叔母)から、サーカスのチケットを もらったことがあって、それは2枚しかなかったので 真希枝と弟と二人で行くことになりました。 真希枝は6歳で、入り口まで母が付いて来てくれたのですが いざ中に入って、指定の席に座ったら、別の人が 「そこ私の席だと思うんですけど」って来て。 真希枝は甘ったれだったので、会場の人に聞く勇気もなくて 「おねーちゃまー、どうするの?ぼくたちせきないよー」 と言って泣き出した弟の手を引いて入り口に戻り、 心配して開演まで入り口で待っていた母に事情を話し、 「もうだめだよ、行けないよー」としがみつきました。 そこで真希枝はようやく(?)泣き出し、 「おねーちゃまがいけないんだぁぁぁ(ToT)」と泣きじゃくっている 弟に、母が 「ヒロくんにはおねえちゃまがいたけど、おねえちゃまには 誰もいなくて、心細かったのよ。ヒロくんが泣いちゃったから おねえちゃまは泣かないでヒロくんの手を握っててくれた んでしょう?ヒロくん一人だったらどうだったかなぁ? おねえちゃまのせいにしちゃかわいそうよ」 ってなだめてました。 これも超覚えてる。 今となっちゃ、6歳にもなって、真希枝はなんてヘタレだった のでしょう(笑) 過保護といえば過保護だけど、それ以上に甘ったれでした。 弟は、「そっか。おねえちゃまって大変なんだね」と(笑) そんな姉の後ろにくっついて、弟も相当ヘタレだったと思うけどw とにかく、弟と真希枝はとても仲の良い姉弟でした。 唯一お互いが思春期の頃はあんまり仲の良い思いでもないけれど 高校生になってからは、昔よりずっと仲が良くなりました。 親に言えないことも相談したり。 …というよりも、真希枝の方が年上なので、相談されること ばかりだったけど、親に言われるよりも姉に言われるほうが 素直に聞けるらしく、自分のことを棚にあげて、弟に 「勉強しろ」と言ってました。「お前もな」とか言われながら(笑) 高校3年で真希枝が東京(ってゆーか浦安)に出て、 その1年後、弟が高校2年で転校して出てきました。 一緒に住んでいた頃は「勉強しろーー!!!」「片付かないから 早く御飯食べろーーー!!!」と、母親のような状態。 でも、それはそれなりに仲良く暮らしてました。 弟が浪人生活に入ると、真希枝も舞台が忙しくなって 夜遅く帰ると御飯が用意してあったりもして 弟がいるってのもなかなかいいんじゃないの?とほくそ笑んで いました。 弟は、実家の跡を継ぐ者として、昔から期待されていました。 最初の子が女の子だったもので(すいません・・・)、 母は男の子が産まれて正直ホッとしたと言っています。 田舎の後継者問題って、壮絶。 真希枝は、そんな空気を感じながら、幼稚園の頃から 将来は歯医者さんになるからね!って言っていたのに、 中学生の頃、自分があまりに文系過ぎるということに気付いて、 あっさり諦め、 一方の弟は、どうして自分は生まれたときから医者になると 決められているのかということに対して疑問と反発を抱きながら 高校生くらいになると、どうせ将来は医者にならなきゃいけない のだったら、今やりたいことはやっておく!と F1の世界にはまって、実際に講習を受けたりもしていたけれど そもそも父のことは尊敬していたので 「医者って素晴らしいけれど、それを押し付けられてるようで 嫌だっただけ」ということに気付いたらしく、でも 「血は嫌いだけど、心療内科みたいな心の病気を診たい」 と言い(血が嫌いって・・・アナタ)、今一生懸命勉強 しています(多分)。 これまでの人生を、多分真希枝には感じ得なかったプレッシャー と闘ってきたのだろうとも思うけれど そんな期待渦巻く中で、弟自身が不登校になった経験もきっと 大きいのだろうと思います。 今は、あんまり会いませんが、 友達のように話せて とても大切で でも若干頼りなくて 行く末がちょっと心配な そんな弟なのです。 ・・・でも、一緒に歩いてるとカップルに間違えられるのだけは 絶対に勘弁して頂きたい(>_<) だって弟だよ? うわーん!キモイキモイ!! キョウダイとは、そういうものです(笑)
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