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2004年03月31日(水)

最近この日記(というかほとんど雑記)に 
弟がよく出てきたので、今日は弟・ひろあきとの話。 
 
弟は二つ違いです。 
弟が産まれたとき、真希枝は父の実家に預けられていました。 
両親と離れる時わんわん泣いたくせに 
祖父母宅(今は真希枝の実家)で過ごしている間 
普段は買ってもらえないフリフリの靴下を買ってもらったり 
(両親は、フリフリが嫌いで、いつも清楚なものしか着てなかった) 
しているうちに寂しさを忘れ、 
弟が産まれて、父が迎えに来たとき 
今は亡き祖父にしがみついて、嫌だ嫌だ!と泣きわめきました。 
父が困った顔をして、「弟が産まれたんだよ。お姉さんになったんだよ 
早く会いに行こう?」って。 
ナゼか今でもすごくハッキリ覚えている光景。 
病院に行った時、真希枝はおもちゃのアラレちゃんメガネを 
かけていました。キーンって走りながら。 
これもすごく覚えている光景。 
去年の女番長でも、そういえば真希枝はキーンって 
走ってましたけど(笑) 
1981年のことでした。 
 
真希枝は小さい頃から弟が大好きで 
とっても可愛がっていました。 
弟が3歳くらいになって、ケンカした時に物を投げられたり 
ぶたれたりした時も、絶対に真希枝は手を出しませんでした。 
耐えられなくなると母の影に隠れて、母が 
「おねえちゃまはヒロくんをぶったりしないでしょう? 
ヒロくんにぶたれて痛いのに何もしないでしょう? 
だからやめなさい」って弟に言っているのを、静かに泣きながら 
聞いている子でした。 
「真希枝がヒロくんをぶったら、ヒロくんが可哀相だよ」 
って。大きくなってからも、それは変わりませんでした。 
だんだん弟の力が強くなって、真希枝は自分の部屋に逃げ込んで 
扉を破壊されました(笑) 
今でも実家の真希枝の部屋のドアには穴があいてるのは 
単に姉弟喧嘩のせいです(笑) 
 
そんな弟は、ケンカは容赦ないのに 
ナゼだかしらないけれど真希枝のことを尊敬してました。 
真希枝は頭がいいとか思っていたらしく 
本当は弟のほうが頭よかったんだけど(笑) 
でも、それ以外に、色々なことを真希枝が切り開いていった 
ということもあるみたいです。 
例えば、茶髪にするとか、高校を転校するとか、一人暮らし 
をするとか、ピアスをあけるとか、バイトをするとか 
そういうことは全部、真希枝が親と闘って(?)道を作り、 
その後弟が同じようにやって。 
真希枝の時は親とバトルになるけど、2度目ともなると 
親もすんなり許したり。 
それは、長子の定めでもあると思うけれど 
「姉貴さんがやってくれたから、やれれるようになるまでの道のりを 
考えると、姉貴さんってすげーなー」 
と、違うところで尊敬している様子です。 
そこは尊敬すべきところではない気がするけれど 
尊敬されるのは内心嬉しかったりもするので 
黙っています。 
 
小さい頃、父の妹(叔母)から、サーカスのチケットを 
もらったことがあって、それは2枚しかなかったので 
真希枝と弟と二人で行くことになりました。 
真希枝は6歳で、入り口まで母が付いて来てくれたのですが 
いざ中に入って、指定の席に座ったら、別の人が 
「そこ私の席だと思うんですけど」って来て。 
真希枝は甘ったれだったので、会場の人に聞く勇気もなくて 
「おねーちゃまー、どうするの?ぼくたちせきないよー」 
と言って泣き出した弟の手を引いて入り口に戻り、 
心配して開演まで入り口で待っていた母に事情を話し、 
「もうだめだよ、行けないよー」としがみつきました。 
そこで真希枝はようやく(?)泣き出し、 
「おねーちゃまがいけないんだぁぁぁ(ToT)」と泣きじゃくっている 
弟に、母が 
「ヒロくんにはおねえちゃまがいたけど、おねえちゃまには 
誰もいなくて、心細かったのよ。ヒロくんが泣いちゃったから 
おねえちゃまは泣かないでヒロくんの手を握っててくれた 
んでしょう?ヒロくん一人だったらどうだったかなぁ? 
おねえちゃまのせいにしちゃかわいそうよ」 
ってなだめてました。 
これも超覚えてる。 
今となっちゃ、6歳にもなって、真希枝はなんてヘタレだった 
のでしょう(笑) 
過保護といえば過保護だけど、それ以上に甘ったれでした。 
弟は、「そっか。おねえちゃまって大変なんだね」と(笑) 
そんな姉の後ろにくっついて、弟も相当ヘタレだったと思うけどw 
 
とにかく、弟と真希枝はとても仲の良い姉弟でした。 
唯一お互いが思春期の頃はあんまり仲の良い思いでもないけれど 
高校生になってからは、昔よりずっと仲が良くなりました。 
親に言えないことも相談したり。 
…というよりも、真希枝の方が年上なので、相談されること 
ばかりだったけど、親に言われるよりも姉に言われるほうが 
素直に聞けるらしく、自分のことを棚にあげて、弟に 
「勉強しろ」と言ってました。「お前もな」とか言われながら(笑) 
高校3年で真希枝が東京(ってゆーか浦安)に出て、 
その1年後、弟が高校2年で転校して出てきました。 
一緒に住んでいた頃は「勉強しろーー!!!」「片付かないから 
早く御飯食べろーーー!!!」と、母親のような状態。 
でも、それはそれなりに仲良く暮らしてました。 
弟が浪人生活に入ると、真希枝も舞台が忙しくなって 
夜遅く帰ると御飯が用意してあったりもして 
弟がいるってのもなかなかいいんじゃないの?とほくそ笑んで 
いました。 
 
弟は、実家の跡を継ぐ者として、昔から期待されていました。 
最初の子が女の子だったもので(すいません・・・)、 
母は男の子が産まれて正直ホッとしたと言っています。 
田舎の後継者問題って、壮絶。 
真希枝は、そんな空気を感じながら、幼稚園の頃から 
将来は歯医者さんになるからね!って言っていたのに、 
中学生の頃、自分があまりに文系過ぎるということに気付いて、 
あっさり諦め、 
一方の弟は、どうして自分は生まれたときから医者になると 
決められているのかということに対して疑問と反発を抱きながら 
高校生くらいになると、どうせ将来は医者にならなきゃいけない 
のだったら、今やりたいことはやっておく!と 
F1の世界にはまって、実際に講習を受けたりもしていたけれど 
そもそも父のことは尊敬していたので 
「医者って素晴らしいけれど、それを押し付けられてるようで 
嫌だっただけ」ということに気付いたらしく、でも 
「血は嫌いだけど、心療内科みたいな心の病気を診たい」 
と言い(血が嫌いって・・・アナタ)、今一生懸命勉強 
しています(多分)。 
これまでの人生を、多分真希枝には感じ得なかったプレッシャー 
と闘ってきたのだろうとも思うけれど 
そんな期待渦巻く中で、弟自身が不登校になった経験もきっと 
大きいのだろうと思います。 
 
今は、あんまり会いませんが、 
友達のように話せて 
とても大切で 
でも若干頼りなくて 
行く末がちょっと心配な 
そんな弟なのです。 
 
・・・でも、一緒に歩いてるとカップルに間違えられるのだけは 
絶対に勘弁して頂きたい(>_<) 
だって弟だよ? 
うわーん!キモイキモイ!! 
キョウダイとは、そういうものです(笑)
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思えば去年の今頃 2004年03月30日(火)

は、アトリエ公演4Month Theaterのトップバッター「ユタ」の本番。 
1週間後には、「ア・ラ・カルト2」の本番があったから 
「ユタ」と「ア・ラ・カルト2」と、稽古スケジュールも 
超コミコミ。「ア・ラ・カルト2」は、短編集。 
その中で、「レストランにて」でコックさんの役(役なのか?)を、 
「女番長・ニューキャスト版」(←HANDに出てくる女番長の 
基本形。この作品からあの女番長が生まれたという逸話つき)では 
子分と、子供時代の番長のママ役(!)をやらせてもらいました。 
それがねぇ・・・。 
この「かおりママ」という、番長のママ役がとても大変で。 
稽古があんまりない中で、終盤になるまで真希枝はずっと 
「無難なヤンママ」を演じていて。 
でも、なんだかしっくりこなくて、自分がやりたいことの半分も 
やれてない気がして、でもどうやったらいいか分からなくて、 
ママになったこともなければ、子供に対して興味がなかったり 
ヒステリックになったこともないし、もちろんそういうことは 
想像でカバーしながらやってはいたんだけど 
このまま本番になったら恥ずかしいと突然思い立って 
三浦さんに「もっと違う風にアプローチしたいんですけど」 
と言ったら、「え?今のでもまぁいいとは思うんだけど。 
そんなに言うなら・・・」って(笑) 
その日の稽古から、小返しの連続。 
しまいには演歌まで歌う始末(笑) 
まさかその後、 
5月の「アメリカンドリーム」でもソロで演歌を歌うとは 
思わなかったし(本番は、作曲の都合で演歌バージョンが 
出来なくて普通に歌ったんだけど)、 
9月の「HAND in HAND」で女番長をやるとは思いもしなかった・・・。 
全ては、この元祖「女番長」から始まったのです。 
多分。 
9月のHANDに際しての座内オーディションでは、3パターンほど 
役が割り振られてたんだけど、真希枝の名前の横には 
「女番長3」「女番長2」「女番長2」って・・・(笑) 
笑いました。えぇ、とっても。 
どう転んでも女番長ですね、って(笑) 
だから去年は、ほとんど長いスカートをはいてました。 
 
なんだか話がどんどんずれてってる気がする・・・。 
 
今、大雨。 
バシャバシャ。 
洗濯物、干しっぱなしで 
でももう諦めました。 
濡れてしまえーーーーーーーーー。 
すごい勢いで降っているので 
桜が散らないか心配です。 
 
・・・で、何の話してたんだっけ。 
σ(^_^;)?デナオシマス
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チャピーに会いたい 2004年03月28日(日)

昔、動物屋敷と言われていた中谷家には 
犬2匹、ネコ5匹、熱帯魚が数十匹ほどいました。 
犬1匹とネコ1匹はいわゆる血統書付き。 
その他は、真希枝と弟が拾ってきました。 
そして、拾ってくると渋々でも飼ってくれる両親は 
実は結構ペット好き。 
熱帯魚も、真希枝が最初に買って来て、 
その後、昔飼っていたという父がハマり、 
高価なお魚さんをいっぱい買ってきては、毎夜水槽を 
眺めていました。 
 
一方、ある雨の日。 
偶然学校帰りの通学路で弟と一緒になりました。 
そんなことは滅多になかったのだけれど。 
仲の良い姉と弟は、通りがかった駐車場で 
段ボールに入った子猫を見つけました。 
既にその時、中谷家には室内猫1匹と、外猫2匹。 
子猫たちは、雨の中寒さで小刻みに震えていました。 
弟「どうしよう・・・ねぇねぇお姉ちゃまぁ・・・ 
つれて帰ったら怒られるかなぁ?・・・ねぇねぇ・・・」 
真「・・・(無言で段ボールから子猫を出して抱える)」 
弟「ねぇねぇどうするの??」 
真「だって置いとくわけにいかないでしょ。お母様に言ったら 
大丈夫だよ!」 
というようなやりとりをしつつ、連れて帰ったのでした。 
今思えば、弟が真希枝のことを「お姉ちゃま」と呼んでること 
や(今は姉貴さんと呼ぶ。ナゼ「さん」付け?)、真希枝を 
尊敬し、真希枝の言うことは素直に聞いていた(嘘のような 
ほんとの話)、弟の過ぎ去った可愛らしさwにも心を惹かれ 
ますが、そんな風にして連れて帰った子猫を、動物病院に 
連れて行ったりしてくれたウチの両親はかなりステキだったのかも。 
だって、真希枝にも弟にも、拾い犬とか拾い猫の前科は既に 
あったから。ま、だからこそ半ば諦めも入りつつ飼ってくれた 
のかもしれないけどw 
そんなこんなで、その子猫は2匹とも、何週間か後に 
強風で落ちてきた物干しの下敷きになって1匹亡くなり、 
後を追うようにもう1匹もひっそり亡くなっていきました。 
 
それから何年かして。 
外で飼っていたレオという猫が、庭先でひっそり亡くなりました。 
一緒に外で飼ってた(というか住み着いた)猫は、レオの死後 
旅に出たきり帰ってきませんでした。 
一方、祖父が健在だった頃から飼っていたシェットランドシープドッグ 
の2代目チョビン(初代は柴犬だったとか。真希枝の産まれる前の話) 
は、十数年もの間一度もそんなことはなかったのに、餌をあげる為 
檻の扉を開けた瞬間脱走しました。 
相当なおじいさんだったので、多分死期を悟ったのだろうと 
勝手に思っています。 
熱帯魚は、きちんと世話をしていたのに、寿命には勝てず 
1匹、また1匹と亡くなってゆきました。 
 
最後に、部屋で飼っていたヒマラヤンのチャピーが、15年生きて 
老衰で亡くなりました。人間で言えば85歳くらい。 
最後はヨタヨタと物にぶつかりながら歩くくらい弱っていました。 
でも、チャピーが天寿を全うするのを見ていることしかできず 
亡くなった時、父も母も弟も泣いたそうです。 
真希枝は東京にいて、母からのメールを見ながら泣きました。 
いつもいつも触れていた訳ではないけれど、15年間、確実に 
家族だったのだと思いました。今でも泣けてくる程、大事な家族 
だったのです。 
チャピーは、家族全員の意見の一致で、庭に埋められました。 
他のペットたちは、中谷家のお墓があるお寺に特別に埋葬して 
もらっていたのですが、チャピーは家から出たことがなかったから 
この家の庭に埋めてやろう、と。 
今でも、チャピーが愛用していた水皿に水を入れ、庭に供えて 
あります。 
 
 
そして今 
動物屋敷だった中谷家には、弟が子犬の時拾ってきた 
ネルという雑種しかいなくなりました。 
 
ペットって、死んだ時悲しいからもう嫌だと母は言っています。 
「その時」を思い出すと、今でも泣けるくらいですから 
やっぱり相当悲しいことです。 
でもまた飼いたくなる。 
猫のHPや本の、「ヒマラヤン」を見てしまうのは 
チャピーを探しているからなのかもしれません。 
 
 
絶対に別れの時が来ると知っていても 
一緒に過ごすことが出来れば 
その時間はとても幸せなものになると 
そう思うのは、やっぱり人間のエゴなのかな。 
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お引越しな春 2004年03月27日(土)

丁度15年前の今日、 
真希枝は、東京都千代田区から 
栃木県へとお引越しをしました。 
幼稚園に入園する為、五反田から飯田橋に引っ越したのが 
3歳の春。 
そして、父が実家を継ぐため栃木に引っ越した15年前は 
真希枝9歳でした。 
飯田橋のマンションを出る日、 
大家さんが来て、弟がハサミを刺してあけた 
襖の穴とか、真希枝がマジックで書いてしまった 
ドアの「どあ」っていう文字とか、 
飼っちゃいけないのに飼ってた猫のニオイとか 
母はとってもビクビクしてました。 
そして、しっかり敷金を引かれつつ、退去。 
9歳と7歳の姉弟は、引越しには何の役にも立たず、 
既に栃木で診療を引き継いでいた父はその日も診察中で 
母一人、引越しやさんと大健闘。 
そんなわけで、母は荷物と格闘し、幼い姉弟は 
五反田のマンションでとっても可愛がってくれた9歳も 
年上のショウコちゃんに預けられました。 
それはショウコちゃん高校卒業の春。 
ショウコちゃんのことが大好きで、本当のお姉さんのように 
思い、さよならする時はいつも泣いてた。 
栃木も、まだ祖父母の家だった頃から夏休みに一緒に遊びに 
行ったりしていた大好きなショウコちゃんに連れられて、 
後からトラックに同乗してやって来る母を残し 
有楽町に「となりのトトロ」と「ほたるの墓」を見に行き、 
その後、栃木へと向かう電車に乗ったのでした。 
多分ショウコちゃんがいなかったら、母は途方に暮れていた 
んだろうな。 
とても暖かい日で、本当だったら多分高校までは通えたはずの 
学校を辞めた悲しさでメソメソしてた真希枝の気持ちは、 
この日、一気に新しい生活に向いたのでした。 
 
そして、曲がりなりにも、おしとやかに厳しく躾けられた 
9歳の少女は、この引越しを境に超お元気反抗期野生のエルザ的 
少女へと変わっていったのでした。 
 
完。 
 
 
 
え?(;¬_¬)

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寒いのは誰のせい? 2004年03月22日(月)

富士市での仕事も無事終了。 
いやはや色々勉強になりつつ 
その分グッタリもしつつ 
終わってホッとしつつ。 
自分にそんな繊細な神経があったのかと思う位 
久しぶりに物凄い勢いで緊張しました。 
大ホールでソロを歌う機会なんて滅多にないし 
・・・ってゆーか大ホールじゃなくても滅多にないのに(笑) 
帰って来た日からお腹が痛くて痛くて 
ビックリしました。 
あのテンパリ具合は何年振り?ぐらいのモノだったしな…。 
とりあえず、楽しかったです。 
自分のクセや弱点もよーく分かりました。 
 
明日からまたオズの稽古。 
張り切って参りましょう(≧▽≦)  
 
富士市の皆様、どうもお世話になりました。 
裏方を知って更に舞台が好きになってくれたら 
こんなに嬉しいことはないと 
帰りの車でも話していました。 
また機会があれば御一緒したいです。 
 
しっかし寒い。 
寒すぎる。
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ないものねだり 2004年03月16日(火)

♪この世で一番欲しいものは 
それはそれは 脳みそ!♪ 
 
・・・・・・。 
 
 
♪脳みそがあれば 脳みそがあれば〜ぁ 
この世はバラ色!♪ 
 
・・・脳みそがない方がバラ色だと思ってしまう真希枝は 
かかし君に比べて、なんて意欲がないんでしょう・・・。 
いつの世も、隣の芝生は青いものです。 
え?違う?(笑) 
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オズの魔法使い 2004年03月15日(月)

今年に入って最初のオズ。 
ドロシーを2年やり、昨年からはかかし役。 
4月からは、ボランティア公演の作品が増え、 
全ての作品メンバーチェンジ。 
というかシャッフル。 
で、いよいよ真希枝はオズをご卒業です。 
なので、今回が最後のオズ。 
かかし君って、唯一歌のソロがある役で、 
しかも登場から踊りっぱなし。 
そして軽いので常にちょこちょこ動いてます。 
 
今日、思い出し稽古をしたわけですが 
何でこんなにも忘れてるんでしょう?(-_-;) 
だって、ソロダンスも歌の振りも、とにかく 
ダンスというダンスは全部あやふやでした。 
振付は、同じ作品でもその時々で変わるので。 
・・・言い訳?(笑) 
思い出し稽古があって良かった・・・ 
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ただいまー 2004年03月14日(日)

静岡より帰宅。 
 
すごい勉強になった。 
 
音響や照明設備をスタッフさんから直接教えてもらえて 
さらに劇場で実際にやれれる機会なんて 
プロの役者だって滅多にあることじゃありません。 
市民がそこまで学ぶ機会があることが羨ましかった・・・ 
真希枝は今回演じ手として呼ばれたわけですが 
すっかりスタッフさんのお話に聞き入ってしまいました。 
 
そして、台本の結末5パターンをもらいました。 
真希枝がやるのはそのうちの3本。 
 
歌アリ長ゼリたくさんありの台本を3つ頂きました(笑) 
しかも楽譜は今週中にFAXか、本番前日にもらえるらしい。 
燃えます。 
えぇ、まったくもって、非常に燃えます。 
短期間で覚えろという状況に、相当燃えるタイプっぽいです。 
やりがいあり過ぎ。 
あとは真希枝の脳みその許容量の問題だけだ!(ぇ?) 
 
同じ作品で結末が違って演出家も違うというのは 
混乱するであろうと想定してしていたので 
最初は結構動揺を隠せず。 
 
でも、結局今日荒立ちも出来ずに終わったので 
むしろスッキリサッパリ。 
かなり寛大に何でも受け入れ中です。 
逆に、同じ台本でも書く人によってまるで反対の結末になり 
作品の「見せたいこと」が違うだけで演出が全く違い 
見せ方も三者三様になるなぁと、むしろ感動しました。 
となればつまり、3通りの久子(←役名)を考える 
ということですね。 
 
でも、3チームの舞台構想図が見えたので 
だいぶ役も創りやすくなったかと。 
 
・・・と、言うのは簡単なんですけれどもね(笑) 
東京で自主稽古をちょっとしてから 
来週末また静岡へ行きます。 
1週間台本が手放せないっぽいですが 
今日は手放します。 
なぜ??? 
 
 
 
明日はオズの稽古だからーーーーーーー(≧▽≦)ウキャー 
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♪春の風は駆けてゆーくよ 2004年03月11日(木)

困った・・・。 
台本が覚えられない・・・。 
真希枝、大ピンチ。 
明後日はもう静岡だというのに 
残り半分どうすんの・・・。 
どうにかするっきゃない。 
徹夜だな。 
 
■今日のごはん■ 
豚キムチ 
もやしがんもの煮物 
アルファルファとレタスのサラダ 
 
もやしがんもは、がんもの中にもやしが入ってる。 
そのまんま。 
真希枝宅は、目の前が大型スーパーなんだけど 
そこはあんまり食品が充実してなくて 
今日はちょこっと遠い(と言っても徒歩3分) 
のスーパーに行ってきた。 
目新しい食材が一杯あって嬉しくなった。 
 
帰ってきてマンションのエレベーターで一緒になった 
男の人のしてるウォークマンから音が激しく漏れてた。 
普通にB'z。 
と分かってしまうくらいの漏れ様でした。 
降りるまで気まずかったんだけど 
降りてから良く考えてみたら 
彼はあれだけの音量で音楽を聴いていたわけで 
多分こちらの気まずさなんて気付きもしてないと思われるわけで。 
ってゆーか、むしろ彼の方が音漏れに気づいて 
気まずくなって欲しかった・・・ 
気まずくなり損だよねぇ。 
 
明日からまた冬の寒さだって。 
どうなっているんでしょう・・・ 
三寒四温?? 
早く一寒五温くらいになって欲しいな。
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お勉強 2004年03月10日(水)

今日は、TJ内日本語サークル(?)の勉強会2回目。 
有志が集まって、日本語の勉強をしています。 
正確に言うと、 
日本語の話し方、 
文章の読み方 
を教わっています。 
 
「自分が読んでて(言ってて)気持ちいい抑揚」と、 
「聞いてて分かり易い抑揚」は違うということ、 
台詞を言う時、ほとんどの人が 
日常生活では絶対言ってないだろう 
という抑揚で喋ってしまっていることを 
改めて感じました。 
それが絶対的に悪いとかではないけれども。 
勉強になりました。 
 
それにしても今日は暖かかったー。 
真希枝は、春の匂いを嗅ぐと思い出す光景があって 
一つは転校した小学校4年生の春。 
都会の窮屈な通学路から 
田舎の桜いっぱいの通学路を 
母と弟と新しい学校に向かって歩いてる光景。 
それから、新しい先生は初めての男の先生で 
体育館で全校に紹介されたあと 
先生と手をつないでクラスの列に向かう光景。 
初めて憧れの赤いランドセルを背負って 
初めて男の子と同じ教室に入り 
引っ越して自分の部屋が出来て 
何もかもが新しい生活で 
ドキドキワクワクした、そんな春。 
苦しいくらい懐かしくて温かい思い出。 
 
もう一つは、TJ2年目、初めてのアトリエ公演の春。 
真希枝は実は出演してなかったんだけど 
ポカポカ暖かくなって、むせかえる花の匂いがして 
真希枝も啓蟄だ!って思って 
冬は終わりだ。 
また頑張ろう!って思った春。 
 
だから春は大好きです。 
・・・花粉さえ飛ばなければ、の話だけど。
Comment(0) | Trackback(0)  記事No.43 [日記]

徒然日記 2004年03月08日(月)

このHP、何の変哲もないところですけれども、 
今日、「見てるよー、HP。薬実家に取りにいったんでしょ?笑」 
と言われました。 
見てる人は見てるのね、と驚きました。 
寿命が3分ほど短くなった思いでした。 
でも、よくよく掲示板を見てみると、みーんな女の子なの(笑) 
そりゃあもちろん、通りすがりの人では男性もいるんだろうけど 
書き込みはあんまり見かけないですね、これ。 
ははは。 
・・・・・・笑いごと?? 
 
 
■今日の夕食■ 
かぶとかぶの葉と飛竜頭の煮物 
いかそうめん 
お味噌汁は豆腐とワカメと長ネギ 
 
■昨日の夕食■ 
パン 
サラダ 
 
■一昨日の夕食■ 
三つ葉のおひたし 
ブリ大根 
もやしと野菜の中華風炒め 
油揚げとエノキのお味噌汁 
 
こんな食事をしていて、口唇炎勃発です。 
口あけると痛い。 
栄養が偏ってる模様です。 
ナゼ? 
 
・・・の前に、何で夕食しか書いてないのかというと 
夕食以外はかなり適当だからです。 
パン一個とか、サラダだけとかね。 
夕食は唯一まともかなと思ったので。。。 
 
じゃあ栄養が偏ってる事実は否めないだろうって? 
仰るとおりなのです。 
ズバリご名答。 
がなじい・・・。 
Comment(0) | Trackback(0)  記事No.42 [日記]

閉じないこと開けないこと! 2004年03月06日(土)

やっぱあれですね。 
何事もタイミングなんだな、人生。 
能動的な意志も、受動的な行動も、 
もっと言えば後付けの理由に至るまで、全部。 
佳作を量産しても埋もれることあり、 
埋もれてもまた陽の目を見ることもあり。 
偶然でも必然でも、 
タイミングは時にきっかけになり 
時に人生を左右するターニングポイントでもあり 
気付かずスルーしてることも多々多々多々・・・ 
ここぞと言う時に尻込みをする、 
それもまた人生なのでしょうが。 
 
でもタイミングを見逃さない人は 
確実に、いる。 
うまいなぁ・・・と 
後になって途方に暮れることも多々多々多々・・・ 
それもまた人生だとも心得つつ。 
 
やっぱあれですね。 
タイミングを見極められるようになれたら 
人生思い残すこともなくなるかもしれないね。 
 
今年は25歳になります。 
たまには真希枝もこんなこと考えてみたりする 
夜長なのです。 
春だけど。 
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バビューン! 2004年03月04日(木)

と、行ってきました、実家。 
先ほど22時くらいに出て、只今午前2時帰宅。 
意味不明? 
だーかーらー、22時に東京を車で出て、2時に東京に着いたんですw 
4時間の旅。 
実家滞在10分ほど。 
片道約1時間づつでした。 
帰りに弟の家に寄ってひとしきり部屋の汚さを怒ったあと 
別に自分の家じゃないしまぁいっかと思い、 
ご飯を食べて帰ってきました。 
車の中から見た星の綺麗だったこと!!! 
さすが田舎ww 
正直、行きも帰りもほとんど窓の外ばかり見てました。 
 
で、何しに行ってきたかって、物を取りに行っただけなんですけども。 
あ、花粉症の薬ももらってきたんだった。 
23時ころ到着して中谷医院にカギ開けて入ったら父がいて 
「お前なんでカギ持ってんの?」 
と言われました。 
何でって言われても・・・(笑) 
で、もらってきたわけです。 
これで多少安泰な春が迎えられそうです。
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パパパパーン! 2004年03月03日(水)

友人からメール。 
・・・・・・・・・・・・。 
け、結婚!?!?!?!? 
だ、そうです(笑) 
 
妊娠中の為、披露宴などは子供が産まれてから改めて行う 
ことに致しましたって。 
このような形でご報告しますことお許しくださいって。 
何やら、真希枝の住所が分からず、ハガキを出せずメールになったらしい(笑) 
しかし、真希枝の友人がパタパタ結婚してゆく中で 
ほぼ100%できちゃった結婚です。 
一昔前は結構タブーだった風潮もあった気がするけれど 
どっちが先かっていう形式的なことは 
本人たちの幸せを祝福するという意味では 
どうでもいいのかもしれないですねぇ。 
できちゃった結婚だって、子供が結婚の理由でさえなければ 
(つまり、できちゃったから仕方なく、ってやつね) 
アリ!っていう世の中になりつつあるのかも。 
と、今年の年賀状を見たときにも思ったような・・・(笑) 
子供の写真付きで年賀状をくれる既婚の友人は 
やっぱりみんな幸せそうだもん(p^-^)p 
 
それで、友人が何人か新居に押しかけミニ祝賀会に発展する 
模様だそうですけれども・・・ 
・・・・・・って、20日?20日なんですの? 
真希枝、その日静岡にいます・・・・・・・。 
しかも本番日です・・・・・・。 
台詞覚えるのに必死です。 
☆○(゜ο゜)oパーンチ! 
そんなわけで真希枝は行けませんが、まり〜!お幸せに! 
 
 
話は変わって、今日の夜中はラグ定食。 
ひな祭り?ハッ!すっかり忘れてもうた。 
明かりをつけましょぼんぼりにぃー♪ 
・・・で、ですね(笑) 
ラグ定食、やっぱりおもしろいですw 
実はうたた寝をしてたんだけど 
テレビは8にしてあって 
イントロのおっくんボイパでガバッ!と起きました。 
凄まじい反応の仕方に、本人一番びっくりでしたw 
シアタージャパンでもアカペラやりたいなと 
遅まきながら野望を立てた夜中でした。

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